先月、母は入院と手術をした。(突然のことはじまり、すみません。。)
大した病気でもなく、無事に手術も成功したので安心してほしいのだが。
先々月には、父の余命宣告を受けた。
正直言って、心はまあぼろぼろ。
1ヶ月経ち、少し落ち着いたので、先月起きた我が家の数日間のことを記録として残しておきたいと、数日前にここに文章を書きはじめた。すると、筆と涙が止まらず、どえらい文章量になってしまった。。3部作に分けて投稿しようかと思ったのだが、さすがの長文、読者を突き放すようで、やめておいた。
文章にしているうちに、自分で隠してしまっていた心で感じた小さな感情たちをすくい上げていくような感覚で、不安や悲しみや怖いという感情を無理やり押し込んで見ないようにしていた感情が、素直に顔を出してくれた感覚。
気持ちを文章に落とし込んでいく作業に、なんとなく押し込んでいた感情と素直に向き合えたような気がして、きちんとエッセイにすることにした。何度か文章を読んでいるうちに、見ず知らずの人に読んでほしい、と言う気持ちになり、エッセイを書いて、応募することにした。
運よく今月末締め切りの「家族」をテーマにしたエッセイの募集を見つけたので、応募しようと思う。長編と短編があり、書いていた文章的には短編だったのだが、せっかくなら長編に挑戦しようかと、欲を出してしまい、現在執筆中。
とはいえ、400字詰めの50枚以上になるので、なかなかのボリューム。時間が間に合わなければ、短編で応募しようか。
なにはともあれ、ひさしぶりに長文を書いている。母の手術をきっかけに、いろんな感情に出会った数日のことを。未だ流れていく日常にも、感情は揺れうごき、一喜一憂する毎日。
私は、実家を離れ遠方で夫と暮らしている。実家へ帰り、親と過ごす時間が少なくなっている現実を目の当たりにするは、相当辛い。初めて一人暮らしを始めてから、意識はしていたが、余命宣告を受けてからは、父のことで頭がいっぱいになる。
死と向き合うのは正直できない。受け入れないといけないことは、もう9年前からわかっていたが、自分のことなら割り切れることも、家族のこととなると受け入れることすらできなくなる。
がん患者当事者はもちろんのことだが、その家族の心の負担は想像以上に大きいものです。
未だ父の体調に家族は一喜一憂し、一日でも長く時間を共にしたいと家族全員が心から願っている。私は遠く離れた場所で。
がん患者の家族であり、実家を離れ、両親と離れた場所で暮らす家族であり、家族の出来事と私の感情の物語を、誰かが読んで小さな光がさすように、そんな願いも込めて、エッセイを完成させたいと思う。
まだ途中経過で、今の気持ちの走り書きで申し訳ないが、気持ちが追いつかない時も、不安でいっぱいな時も、悲しみの涙で溢れる時も、生きている限り、どんな時間も尊いということ。
そんなことも忘れてしまうことも、見失うこともたくさんあるけれど、生きてるだけでまるもうけ◎生きてるだけで、奇跡なこと。だから、感謝を忘れずに、前でも上でも下でも後ろでも横でも見て、止まっても歩いても走ってもいいよ。ってことが伝われば本望。
今日は、まとまらずにごめんなさい。
文章ができたら、また公開させてください。それでは、みなさまの健康をお祈りして。
to be continued…
