いま、私は東京へと向かう高速バスの中でこれを書いています。
(癌を患う父とのことを書いています。ガンの闘病中、ご家族に癌の方がいるなど、読むのがお辛い方はお控えください。)
いつも利用するときは、窓側の席。見慣れた窓の外の風景を見ながらふと思い出した。
奈良と東京。やはり新幹線だと交通費はかかるので、高速バスを利用するようになった。
5ヶ月前の夜行バス。
バスの中でずっとずっと涙が止まらなかった。
永遠と涙が溢れてくる。
理由は、実家に帰っているお盆休みの間に、思いがけず父の余命宣告を受けたから。
その日の前日。父は物損事故をしたのだ。といってもそれほど大袈裟なことではなく、車のドアを擦ったのだった。家に帰ると項垂れる父の姿。食欲がなくなり、生きる気力を無くすほど落ち込んでいた。
あんな姿を見たのは、後にも先にも初めて。
誰も傷つくことなく、車だけなら大丈夫だよ。そう母と2人で励ますものの、気分がすぐれず、お昼ご飯も食べられずに、その日は休んだ。
母と2人で、保険会社に連絡し、修理会社へ見積もりを取り、普段なら父が自らする手続きを任された。
そんな父は前立腺がんを患い、抗がん剤治療をしている身である。その翌日、前回のCTなどの検査の結果を聞くため、病院へ行く予定であった。
しかし、車があんなことになってしまったため、急遽近くに住む兄にお願いして車を出してもらうことに。そして、お願いした手前、私も一緒に行くことにしたのだ。
その翌日、いつもと変わらずの通院。父は苦手な抗がん剤をがんばった分、癌を撃退できたかと、少し期待をしていたよう。
しかし、初めましてと兄と私が入った病室で、やんわりとはっきりではなく、表情をひとつ変えず、穏やかな表情のまま父の余命のようなものを告げられた。1年以内。
検査の結果、抗がん剤は効かなかった、これ以上施す治療はこの病院においてはない、と。そして、いくつか転移の疑いが見られる。今後は緩和ケアのみとなり病院を移転してもらいます。ちょうどご家族の方で、最後をどう迎えるか、話し合いをされた方がよいです。これから、生活の中でできなくなることが増えてきます。これからのこと、生活のことや介護などカウンセリングがあります。後ほどご案内します。と。
みんな堪えていたけど、私も自分に泣かないで、って頑張ってみたものの、涙は止まらなかった。
父も母も少し驚いたよう。一度病室を出た後、みんなで泣きながら、笑い合った。大丈夫なんて言葉はかけられない。なんといったらいいのかわからないけど、優しい微笑みを掛け合った。いっぱい泣いて、不謹慎かもしれないけど、みんなで自撮りして写真を撮りあった。
訳もわからないまま、カウンセリングの方を紹介してもらい、手続きや、父の生活について、今後の流れについてなど、事務的な説明を聞いて、話し合いをした。
最近、お尻が痛い、長く座ってるのが辛いと言っていた。体力つけようと、サイクリングの自転車を家に持ち込んだが、そのせいかな、と濁していた。
これが、骨への転移だということをその日知らされた。
うちにもう1人兄がいるのだが、仕事のため夜遅くに帰宅した。母から兄に今日のことを優しく告げた。
つづく。
