いちばんすきな花。

絶妙な感情をうまい具合に表現するドラマ。
もみじの感情。なんだか、なんだかね。
忘れていた感情を少し思い出したから。
明るくて、楽しいことが好きで、好きなことに夢中で、誰とでも明るく楽しく、話すことが好きで、いつのまにかお腹抱えて友達と笑い合うのが、私だった。
中学生まではなんの曇りもなく、人を信じてた。
誰かが余ったり、除け者にされたり、いない人の悪口言ったり、悪口言い合って仲良くなったり、そんな空気が苦手だった。
クラスで誰かが寂しそうに1人でいたら、一緒にご飯食べよ、って声かけて、誰かがいない人の悪口言って盛り上がってたら、ふらっとその場を離れていた。
誰かを標的にするくらいなら、いっそ自分でいいよ、って心の底から思ってた。
なんで、友達を取り合うのかも理解できない。みんなで仲良くすればいいじゃん、って。
なんだかな。
いつのまにかね。
いつのまにか。
仲良しグループから、無視されるようになってた。2人でいる時はいつも通り話すのに、みんなでいる時に無視されるようになってた。あれ?って気づかないふりしても、さすがの鈍感な私でも、気づかざるを得ない状況にまでなってた。
でも、誰かがこの感情に悩まされて、この世を嫌いになるくらいなら、私でいいよ、って思ってた。
中学の頃の友達に、そのことを話したら、絶対相手間違ってるやん、そいつらあほやん!なにそれ!こんなおもろいやつ無視するやついるん!って、あのとき、電話でそう言ってくれたの、すごい嬉しかった。
けど、10ヶ月くらいかな、
さすがの私も参っちゃった。
休憩時間、友達と話してあっという間に過ぎる時間が、友達がいないと10分でも本当に長い。眠たくないのに、寝たふりして。何回もトイレに行く。お弁当のとき、みんながそばにいるけど、心はひとり遠い遠い離島にいる。
携帯なんてないし、読書は苦手だったから、何回もリップ塗ってたな。
それまで学校休んだことない皆勤賞だったのに、学校に行く前に急に頭が痛くなる。胸が苦しくなる。初めて学校を休んだ。今思えば、あれは心がしんどかったんだよね。
もう限界がきちゃって、上辺で仲良くするの気持ち悪いから、嫌いなら1人でご飯食べるし、話さないし、嫌いだったら嫌いって言ってくれた方がいい、って、泣きながら、10人くらいで食べるお昼休みに言った。
沈黙も沈黙、私喋ったよね?ってくらい沈黙。たしかに、こんなこと思ってても口に出して言うやつはいないか。
あとから、気付いてあげられなくてごめん、とか手紙とかメールとか。それぞれの向き合い方に人間力を学ばせてもらったね。
何されたって、その人たちのことを大嫌いになれなかった。仲良かった時期もあったから。悪者にできない。なんとか理解しようと毎日自問自答してたけど、理解はできなかった。この人のこの行動は嫌い。そんな風に思うことしかできなかった。けど、そんな行動をした人たちと、変わりなく会話することはできたけど、心の底から人を信じることができなくなってた。
大学生になるとき、きっと、心のどこかで線を引いてしまうんだろう、仲良くなれなくなっちゃうだろう、って思ってた。
だけど、そんなのも束の間。
まためちゃくちゃいい人たちに出会って、同じ空気の友達ができて、むしろ信頼高めの仲間もできて。結局、友達最高!って思える人たちに出会えて。全然、人間不信になってなかった。
出会った人、友達に本当に感謝。ありがとう。誘い何回も断っても、何回でも誘ってくれてありがとう。友達になってくれて、ありがとう。
人を嫌いにならずに済んだのは、大学で出会った仲間がいたから。
高校で、仲良しグループじゃない仲良くしてくれた友達がいたから。
小学校から仲良い友達がいたから。
バレエの友達がいたから。
人と人と人がいると、そこにいろんな関係性が生まれてくる。友達の定義は?簡単な言葉では言えないけど、自分にとって大切な存在であること。存在だけで癒されたり、心強かったり、楽しかったり、強くなれたり、優しくなれたりする。
なんだかね。
苦しいなら、学校行かなくたっていい。誰かに話せなくてもいい。いっぱい泣いていい。そこが正義とは限らない。違う世界には違う価値観があるし、違う場所には新しい仲間に出会えるかもしれない。
腑に落ちない感情の居場所がずっと見つからなかった高校2年。よくがんばったな。強かったな。コブクロとJUJU聞いて、泣いて、夢に生きると願って、踏ん張ったな。
ありがとう、高校生の私。
